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札幌地方裁判所 昭和48年(ワ)57号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一〇月三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

主文と同旨。

第二主張

(請求の原因)

一  保険契約の締結

被告は、多比良武夫(以下、武夫という。)との間に、小型乗用自動車(札五ふ二六二八号)(以下、本件自動車という。)につき、保険期間を昭和四五年四月三〇日から同四七年四月三〇日までとする自動車損害賠償責任保険契約(以下、本件保険契約という。)を締結した。

二  事故の発生

多比良雅和(以下、雅和という。)は、次の交通事故によつて死亡した。

1 発生時 昭和四六年九月二七日午前一〇時五〇分頃

2 発生場所 北海道斜里郡小清水町字止別

3 事故車 本件自動車

運転者 牧村正治

4 被害者 雅和(当時二六歳)

5 態様 牧村正治が雅和を同乗させて本件自動車を運転し網走方面から斜里方面に向つて進行中、舗装道路から砂利道路に入つた際運転操作を誤まつて道路上の砂利にハンドルを取られ、本件自動車を横転させて本件自動車の前部ドアを開らかせ、助手席に乗つていた雅和の上半身を車外に飛び出させ、よつて雅和を本件自動車の下敷にして死にいたらしめたものである。

三  武夫の自賠法三条の責任

武夫は、本件自動車を所有して自己のため運行の用に供していた者であるから、自賠法三条に基づき、本件事故により原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。

四  損害

1 亡雅和の逸失利益相続分 金六一一万一、一〇四円

(一) 雅和は、昭和二〇年七月一日生れの歯科医師であり、本件事故がなければ二六歳から六三歳までの三七年間にわたり毎年金一四六万二、七七四円(雅和は死亡する前年度の六か月の間に金七三万一、三八七円の収入を得ている。)を下らない収入を得ることができたはずであつた。

(二) そこで、雅和のその間における生活費は通じて五〇パーセントとみられるからこれを控除し、さらにライプニツツ式計算法に基づき年五分の割合による中間利息を控除すると、その間の逸失利益の現価は金一、二二二万二、二〇八円となる。

(三) そして、雅和は、原告と武夫との子であるから、原告は右賠償請求権の二分の一に当る金員を相続した。

2 葬儀費用 金一五万円

原告は亡雅和の葬儀費用として金一五万円の支出を余儀なくされた。

3 慰藉料 金二〇〇万円

原告は雅和の母親であり息子を不慮の悲惨な事故により失つたその精神的な苦痛は堪え難いものがあり、その慰藉料としては金二〇〇万円が相当である。

五  よつて、原告は被告に対し、自賠法一六条一項に基づき、保険金の限度において、以上の損害中金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四八年一〇月三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一ないし三は認める。

二  同四1ないし3のうち、原告が雅和の母であることは認めその余は不知。

(被告の主張)

一  雅和は、本件事故において自賠法上の保有者に該当するから自賠責保険の請求権を有さない。すなわち、(一)雅和は武夫の子であり、本件自動車を自由に使用していたこと、(二)本件自動車の運転者牧村正治は、一応武夫から本件自動車を借りた形であるが、本件事故前武夫との間には一面識もなく、同じ研究室の同僚で友人である雅和を介して借入の申込みをなしたものであるから、実質的には雅和が貸主であること、(三)本件事故前における本件自動車の立寄先は観光地であり、雅和は婚約者同伴で同乗していることからすると本件運行の主要目的は観光旅行であるということができ、よつて牧村と雅和の運行利益は併存すること、(四)牧村と雅和は本件自動車を交替で運転していたところ、本件事故は偶々牧村が運転している際に発生したにすぎず、しかも旅行日程に照らすと雅和の運転時間及び運転距離はかなりに上ること、以上の各事実からすると雅和も自賠法上の保有者に該当するというべきである。

二  損害の填補

1 牧村正治は、本件事故による損害賠償として金六〇〇万円を支払つたのであるが、本件事故についての損害賠償請求権者(亡雅和の相続人)である武夫は本件自動車の運行供用者として自賠法三条に基づく損害賠償義務者でもあるので武夫の右損害賠償請求権は混同により消滅したものというべきであるから、牧村の支払つた金六〇〇万円は原告の損害賠償請求権に全額充当されたものというべきである。

2 仮にそうでないとしても、原告の相続した損害賠償請求権の相続割合に従つて右金員の二分の一である金三〇〇万円が請求権に充当されたものというべきである。

(被告の主張に対する認否等)

一  被告の主張一は争う。

亡雅和は昭和四五年三月日本大学歯学部を卒業し、同年六月から東京都杉並区阿佐ケ谷北一丁目一七の一〇、第二更生歯科診療所において歯科医を開業し、同所附近にアパートを借りて居住していたものであり、父武夫とは離れて全く別々に生活を営んでいたのであるから本件自動車を日常使用することはできない状態にあつた。

また、本件自動車の管理及び使用は、専ら武夫が行つていたすなわち、武夫は昭和三四年一〇月から自動車運転免許証を有し、昭和四二年一二月本件自動車を購入し、以来本件自動車にかかる一切の経費を負担し、自宅に保管しているものである。

さらに、雅和及び牧村は札幌において開催された東日本生科学学会北海道大会に出席し、研究発表を行つた後、牧村から網走で開業している牧村の恩師の友人の許へ遊びに行くために本件自動車を貸与して欲しい旨申出を受けたので武夫はこれを承諾し貸与したものであり、従つて雅和は牧村に同行したに過ぎない。

以上の事実から本件自動車の保有者は専ら武夫であるということができる。

二  同二のうち、牧村が損害賠償として金六〇〇万円を支払つたことは認め、その余は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因一ないし三については当事者間に争いがない。

二  被告は、結局、雅和は武夫とともに本件自動車の保有者であつて自賠法三条所定の「他人」ではないから武夫の損害賠償責任が発生せず、よつて自賠責保険の請求権を有さないと主張するので検討する。

成立に争いのない甲第一号証、証人多比良武夫、同牧村正治の各証言、原告本人尋問の結果(いずれも後記措信し難い部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。すなわち、本件自動車は、昭和四二、三年頃武夫が購入し、以来主として同人が使用管理していたこと、武夫と原告との間の子である雅和は、高等学校へ入学した頃から武夫らと別居して生活することとなつたが、その後も昭和四五年六月歯科医を開業するまでの間は夏又は冬の休暇には武夫らの許へ帰省し、その際本件自動車をほぼ自由に運転乗車していたこと、雅和は日本大学松戸歯科大学(以下、日大松戸歯科という。)を卒業し、本件事故当時歯科医を開業しながら右大学大学院の学生として研究に従事していたこと、昭和四六年九月二五、二六日の二日間、北海道大学において日本歯周病学会が開催され、右学会に雅和の属する日大松戸歯科の研究室の教授、講師らが出席することとなつたが、その際雅和は、同研究室の後輩である牧村正治助手から教授らを宿舎から学会場まで送迎するため、及び予て右研究室関係者から滝川市又は網走市を来訪することを求められていたのでそれに応じて学会終了後に教授を含む研究室員が右地域及びその周辺の観光地を周遊するために本件自動車を提供することを求められたこと、雅和は武夫に右申し出の趣旨を伝え了解を求めたところ、武夫は特段の詳細な説明を求めることなしに承諾したので雅和は右研究室員のために本件自動車を提供することとしたこと、雅和は昭和四六年九月二二日、右学会に出席するためと自己の結婚の準備のために婚約者露木操と共に来道して原告らの許を訪れ、同月二五日、本件自動車を運転して札幌市へ赴き、同市内のグランドホテルにおいて本件自動車を牧村に引渡したこと、牧村は同日、本件自動車を使用して右研究室の教授の送迎をした後、同日午後六時頃、前記計画に従い滝川、網走地方周遊の旅に出発することとなり、本件自動車に教授、講師二名、雅和及び露木を同乗させて滝川市での宿舎「フアミリーランド」へ到着したこと、ところが、同所において網走方面への旅行に参加することになつていた教授及び講師が急に帰京することとなつたので、当初は右旅行に参加する予定のなかつた雅和及び露木が参加することとなり、特に雅和においては一行の案内役をも兼ねることとなつたこと、同日夜、雅和は露木を伴い本件自動車を運転して原告方へ赴き同所で宿泊し、翌二六日午前八時頃、露木を同乗させて本件自動車を運転して前記「フアミリーランド」へ赴き牧村らと合流した後、牧村の運転する本件自動車に雅和、露木及び山根和夫が同乗して出発し、層雲峡、サロマ湖などを見物して網走で一泊し、翌二七日次の観光地へ向う途中に本件事故を起したこと、本件自動車は、滝川市を出発し本件事故が発生するまでの間合計約一〇時間走行したが、その間雅和と牧村が交代しながら運転し、右走行時間のうち約三分の一を雅和が、その余を牧村が運転したこと、以上の事実を認めることができ、証人多比良武夫、同牧村正治の各証言及び原告本人尋問の結果中いずれも右認定に反する部分はにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。特に、証人多比良武夫、同牧村正治及び原告は、牧村が武夫から本件自動車を措りた(使用貸借)ものである旨供述するので附言するに、前記認定のような本件自動車の利用目的及び本件自動車を利用する者の人間関係、すなわち、本件自動車は牧村個人のためではなく、学会開催中の研究室の教授らの便宜のため及びその後の観光旅行に参加する研究室員のために使用するものであつたこと、また牧村は武夫とは全くの未知の間柄であつたが、学会に参加した研究室員のうち雅和が右学会開催地に近い砂川市を郷里とし、同所に居住する雅和の父武夫が自動車を所有していたことから本件自動車の利用に関し申し出をなしたにすぎず、他方雅和としても右のような利用目的に従い右申し出を受け入れざるを得ない立場にあつたこと、さらに牧村は右研究室員のうちでは最も後輩であつたために本件自動車の運転を担当せざるを得なかつたこと、以上の諸点からすると、牧村が自らを独自の借主として、武夫から本件自動車を借用し、もつて研究室員の利益に供したとする右証人らの供述には大いに疑問があり、よつて右証人らの供述を採用することはできず、むしろ前記認定のごとく雅和が武夫の承諾を得た上で研究室員のために本件自動車を提供し、牧村の運転に委ねたものと認めるのが相当である。

右認定事実によると、本件自動車は通常武夫が使用管理していたとはいえ、雅和は希望する場合にはほぼ自由に使用することができ、また牧村が本件事故の発生するまでの三日間、本件自動車を運転し得たのは雅和が武夫の承諾を得て研究室員に利用させるために提供したことによるものであり、さらに本件事故時の本件自動車の運行はもつぱら牧村、雅和ら同乗者四人の観光のためになされていたものであり、かつ雅和は単に同乗していたのではなく本件自動車を牧村と交代して相当時間運転したことからすると、雅和は本件自動車の運行を支配し、その運行利益を享受していたものということができるから、武夫とともに本件自動車を自己のために運行の用に供する者と認めるのを相当とする。

よつて、雅和は本件事故についていわゆる「他人」に当らないものというべきである。

三  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松山恒昭)

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